えびの市へのUターンの始まり

日常の話

東京からのUターンの始まり

2018年8月6日、私のUターンは始まりました。

思い返せば、ひどい遠回りだったように思えます。

高校卒業後、えびの市からの旅立ち

宮崎県えびの市、私はこの地で18年間育ちました。

なんかオシャレにミュージックビデオを作っているので、載せておきましょう。

忘れられない歌(えびの市×飯野高校×クリエイター)

このえびの市というのは、まあよくある田舎です。

自慢できることがあるとすれば、いろはす6つの水源の一箇所である、ということでしょうか。みなさん、是非とも水はいろはすでお願いします!

さて、18歳までえびの市で育った私は、高校卒業後に佐賀大学へと進学しました。

世界一周や留学をした大学時代 多感なお年頃だった

佐賀の人には大変申し訳ないのですが、”ド”田舎から田舎へと移動した、と思っています。

多感なお年頃だったのに、です。

結果、2年間休学して世界中をぶらぶらと一周してしまいました。

そう、多感なお年頃だったからです。

都会へ行っていればこんなことにはならなかった。

きっとパリピに打ちひしがれて地元で公務員になっていたはずだったんだ。。。

同級生が新社会人になって社会にいじめられていた頃、

私はフィリピンで英語を学んだり

インドでインド人と口論していたり、

ヨーロッパで水のようにビールを飲んだり

南米で女性のヒップの偉大さに気づいたりしたのです。

まあ、この話は今じゃなくてもいいでしょ?

大学卒業は転々と…

その後、海外だけで飽き足らず日本もぶらぶらし、結局大学に6年間在籍した後、無事卒業。

大阪のとある企業に営業として就職しました。

そして、インドを旅していた頃に出会い、意気投合した友達に

「いまフィリピンで仕事しているけど、来ない?」

と誘われ、退社。

色々あってタイのバンコクへと行きました。

まあ、この話も今じゃなくてもいいでしょ?

その後、また色々あってバンコクから東京へ行きました。

まあ、この話も今じゃなくてもいいでしょ?

ほんと、人生は色々ありますよね。

えびの市へUターン

そして今回、東京から故郷へUターンする運びとなりました。

この話は…よくある話です。

家族の体調が悪くなり自分は長男だった、という話です。

私には選択肢が2つあって、

 故郷のことは知らない、現状を頑張る

→故郷へ戻って、物語の主人公をしてみる

物語の主人公は、世界中をぶらついた後に、故郷へ戻って救っちゃうものです。

ちょっと主人公してみるか!と下を選びました。

正直、レベル不足を感じているのですが、残念ながらこのゲームは時間の概念がシビアです。

まあ、できることから、現状の力でなんとかしていきましょう。

さて、世界中を旅し、仕事で英語を使い、正直どの国でも生きていける、という根拠の無い自信さえ持っている私は、生まれ育った田舎で農耕民になろうとしています。

ひどい遠回りもあったもんだ。

これもELLEGARDENの細美武士が

“遠回りする度に見えてきたこともあって早く着くことが全てと僕には思えなかった”

と歌っていて、それが頭に反響していたからかもしれません。

ELLE復活おめでとう!!

さて、遠回りに美德を見出してしまった私の人生を、これから記していきたいと思います。

色々と間違え、遠回りをしてきましたが、その遠回りは私を救ってくれるのでしょうか?