読書少年を止めた小説

小説の話

読書が趣味でした。

昔は、読書が趣味でした。

特に16歳〜20歳までは、年に100冊以上の小説や新書、専門書、自己啓発本etcを読んでいました。

田舎育ちでしたので、高校の時は物語の世界に浸るのが、純粋に楽しかったのです。

大学に入ってからは不眠症の時期があり、また勉強する楽しさを知ったので、本当にたくさんの本を読みました。

お陰で世の中のことが少しは分かっていきました。

そして、村上龍のコインロッカー・ベイビーズに出会い、以降殆ど読書はしなくなりました。

これ以上の作品はない。生き方もこれで学べる。

はじめての村上龍のすすめ
私は村上龍の小説が大好きである。読んだことないんだよねという人、何冊か読んだ事があるという人、の為に個人的なオススメを紹介させていただきます。

本を読みなさい?何を読めばいいのよ?

さて、大人はよく「本を読みなさい!」と口にします。

そして、『何を読めばいいのか?』は教えてくれません。

さいしょさん
さいしょさん

無責任かよ、自分が読んでないのバレバレなんだよ。

年齢にあった本を勧めろよ。

と皆さんは思いませんでしたか?

要は、知見を広げなさい、ということで何でもいいのだと思います。

ただ、純文学って、世の中からはみ出した人が読むものですよね。

平和に生きている人が読む必要はないんですよ。

ドストエフスキーとかまさにそうで、あれはヤンキーのための本ですよ。

でも、ヤンキーはドストエフスキー読まないんですよね、残念なことに。

読書少年を止めた、本との出会い

コインロッカー・ベイビーズは衝撃でした。

それから村上龍の著書は全て読みました。

そんな村上龍の小説の素晴らしいところをお伝えしようと思います。

①挑戦している

〇〇風と呼ばれる作品を書く小説家がいます。

これらの作家は、言い方を悪くすれば”手抜き”をしている、と解釈できます。

〇〇風と呼ばれるまでの道のりは、似たような作品の量産にあります。

つまり、こいつらは自分の作品をなぞっているのです。

挑戦していないんですよ。

そもそも、自分の成功体験を何度もなぞるなよ、だせえよ。

勿論、挑戦をすれば失敗をします、駄作が生まれます。

村上龍の小説には、近代文学の金字塔と呼ばれるコインロッカー・ベイビーズをはじめ、たくさんの名著があります。

その一方で、”なんだこれ”というのもあります。

これは挑戦しているからです。

こんな小説家は滅多にいないです、素晴らしいです!

②『読物』ではなく『小説』である

一般的に、文学と呼ばれる作品には、読者の関わりにおいて2種類あります。

文芸評論家の渡部直己さんの言葉を拝借するなら、『読物』と『小説』である。

残念なことに、この方は性欲に負けて教授職を解任されてしまいました。

早大の渡部直己教授がセクハラか 別の教授は「口止め」:朝日新聞デジタル
■食事に連れ出し「俺の女にしてやる」 文芸評論家として知られる早稲田大学文学学術院の渡部直己(わたなべなおみ)教授(66)から、セクハラやパワハラ被害を受けたとして、元大学院生の女性(27)が早大側に…

さて、それは置いといて…

読物とは?

『読物』とは、読者の主体を侵さない作品を指します。

読者は『読物』を読んだ後、自ら変わろうとはせず、むしろ変わることのない自己の輪郭を心地よく確かめるかのように、また似た様な本を手に取ります。

例えば、悲惨な内容が作中に書かれていたとしても、それは読者が許容でき得るように調整されています。

いわゆる、娯楽作品です。

そういった調整ぶりでは、村上春樹は現代最高の『読物』作家ということになるでしょう。

小説とは?

『小説』とは、読者の主体を侵してくる作品を指します。

読者は『小説』から、自らの生の在り方を脅かすものを感じます。

作品の言葉がダイレクトに肉体と精神に影響を与え、読後には焦燥感にも似た危機感、何かをしなければ、何かをやり直したい、という気持ちになります。

だからこそ、『小説』には好き嫌いが別れます。

そして、こういった作品は、現代では非常に稀有なものになってきました。

その稀有な『小説』家のひとりに、村上龍は確実に分類されます。

 

さいしょさん
さいしょさん

久しぶりに、小説でも読みましょうかね。